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東京高等裁判所 昭和61年(ネ)2722号 判決

控訴人 安本太準

右訴訟代理人弁護士 小山利男

被控訴人 成瀬慧安

右訴訟代理人弁護士 吉田賢三

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、

「1 原判決を取消す。

2 被控訴人は、曹洞宗宗務庁に対し、前橋市紅雲町五四番地・龍海院住職後任登録から成瀬和雄を抹消する手続をせよ。

3 被控訴人は、前橋市紅雲町五四番地・龍海院の法類代表の責任役員及び干与者から成瀬和雄を解任し、群馬県曹洞宗宗務所長及び曹洞宗宗務庁にその旨の届出をせよ。

4 被控訴人は、前橋市紅雲町五四番地・龍海院の寺族代表の責任役員及び干与者から成瀬道子を解任し、群馬県曹洞宗宗務所長及び曹洞宗宗務庁にその旨の届出をせよ。

5 被控訴人は、前橋市紅雲町五四番地・龍海院の法友代表の責任役員及び干与者として安本正道を選定し、その住所資格氏名印鑑届を、群馬県曹洞宗宗務所長及び曹洞宗宗務庁に提出せよ。

6 被控訴人は、前橋市紅雲町五四番地・龍海院の住職を辞任する手続をせよ。

7 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」

との判決を求め、

被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決三枚目裏八行目の「世龍」を「世襲」と改める。

2  同五枚目表八行目の末尾に続けて「なお、右協約は、龍海院代表役員たる控訴人と被控訴人との間に締結されたものであるが、その内容は、龍海院、控訴人及び被控訴人間の権利義務について協約したものであり、控訴人個人もこれに同意しているのであるから、控訴人は、直接被控訴人に対して権利義務を有するものである。」を加え、同一〇行目の「本件協約」から一一行目の「締結」までを「控訴人は、被控訴人から、一代補住でよいから龍海院の後任住職に推薦してほしい旨の申込を受けて、これを承諾し、昭和四〇年六月一六日ごろ、被控訴人との間に、右一代補住の約束を履行させる方法として、本件協約と同一内容の合意をし、その旨の契約書(甲第三号証)を作成したものであって、右合意」と改め、同裏一行目の「契約」の次に「(以下『本件契約』という。)」を加える。

3  同七枚目裏七行目の「有す」を「有する」と改める。

4  同一五枚目裏七行目の末尾に続けて「他方、被控訴人は、一代補住であることを承諾して住職任命を受けようとしたのであり、本件契約の内容は、一代補住の性質に沿うように定められたもので、代表役員の人事権を否定するものではないし、宗制上、一代補住には、後任住職を定める権限はないのであるから、本件契約が宗制上の住職の権限を侵すことはない。」を加え、同一〇行目の次に行を変えて

「4 控訴人は、被控訴人から、一代補住でよいから龍海院の後任住職に推薦してほしい旨の申込を受けて手続を進めたものであり、被控訴人が、前言を飜し、永代住職としての権限を有する旨を主張して、本件協約ないし本件契約の成立を否定し、義務の履行を免れることは、信義則、禁反言の原則に違反し、許されない。」

を加える。

理由

一  被控訴人の本案前の主張が理由がなく、本件訴えは適法であること、しかし、本件協約が有効なものとは認められないことについての当裁判所の判断は、この点についての原判決理由説示(原判決一七枚目表二行目から二〇枚目表一〇行目まで)と同一であるから、これを引用する。ただし、《証拠訂正省略》、同二〇枚目表七行目の「任免規定」を「任免規程」と改める。

二  次に、控訴人は、本件協約が無効であるとしても、その締結に先立つ昭和四〇年六月一六日ごろ、控訴人と被控訴人との間に本件協約と同一内容の本件契約が成立した旨主張するので、これについて検討する。

1  当事者間に争いのない請求原因1ないし3の事実に、《証拠省略》を総合すれば、控訴人と被控訴人とは、昭和四〇年六月一六日ごろ、控訴人が、その龍海院の兼務住職の任期が同年七月に満了するにつき、その後任住職に被控訴人を選定し、被控訴人は右選定に対する「慰謝を表する意味の恩金として」五〇〇万円を控訴人に支払う旨の合意をし、同日付で、右恩金支払の約束、支払方法の定めのほか、被控訴人が死亡、転住又は辞任したときは控訴人が被控訴人又はその遺族に二〇〇万円ないし二五〇万円を「慰謝金として贈呈」すること、控訴人が死亡した場合は、被控訴人が控訴人の法嗣者又は法系の者を責任役員とし、その者が右慰謝金支払義務を履行すること、住職任命申請が不許可となったときは契約は失効すること等を定めた契約書を取り交わしたこと、右合意にあたっては、被控訴人を一代補住とすることがとくに強調され(弁論の全趣旨によれば、一代補住とは、宗制上定められた制度ではないが、当該住職の徒弟、法類、寺族等に継承されることを予定しないその者一代限りの住職を意味するものと窺われる。)、そのため、被控訴人の後任住職は控訴人の法系又は法類から選定する者をもって充て、また、被控訴人の住職在任中は、控訴人が干与者及び責任役員として就任し、控訴人が欠けたときはその法系の者を補充すること等が約定され、同月二〇日、その旨即ち請求原因3(一)記載の内容の協約書が作成され、任免規程七条に基づく協約とする趣旨で住職任命申請書の添付書類とされ、また、これとは別に添付書類とはされなかったが請求原因3(二)記載の内容の付帯条項を定めた契約書も同日付で作成されたこと、以上の事実が認められる。

右認定事実に、《証拠省略》によって認められる任免規程五条、一三条、一五条の定めによれば、右の控訴人と被控訴人との間の一連の合意は、後任者選定権限を有する兼務住職たる控訴人が被控訴人を後任住職に選定し任命申請をするにあたり、任免規程七条所定の協約として宗制上の効力を有する合意を成立させることを目的としてなされたものであるが、他方、恩金支払に関する合意は、控訴人個人と被控訴人との間の私的契約とみるほかはないところ、右恩金は後任住職選定の対価たる性質のものであることが明らかである。そして、右後任住職選定については、被控訴人が一代補住であることをとくに約定し、その趣旨を明らかにするため前記協約書が作成されて住職任命申請書の添付書類とされるとともに、右協約書の定めを補完する内容の付帯条項を定めた前記契約書が別途に取交わされているのであって、これらに鑑みると、右協約書等作成に先立つ昭和四〇年六月一六日ごろ、本件協約と同一内容のほか恩金の定め等を含む一個の契約(本件契約)が控訴人と被控訴人との間に成立したものと認めるのが相当である。

2  そこで、右契約即ち本件契約の効力について判断する。

右認定事実によれば、本件契約は、恩金に関する定めを別とすれば、控訴人が被控訴人を後任住職に選定するが、これが一代補住であることを明確にし、その後任住職の選定ないし後任候補者登録に関する事項、責任役員及び干与者の選定に関する事項を定めることを骨子とするものである。

《証拠省略》によれば、龍海院は宗教法人曹洞宗に包括される宗教法人であり(この事実は当事者間に争いがない。)、宗教法人法(以下「法」という。)の規定に基づき認証を受けた曹洞宗の諸規則に従うとともに、自らも宗教法人「龍海院」規則を有し、これにつき群馬県知事の認証を受けていること、曹洞宗に包括される宗教法人における法定の業務執行機関である代表役員、責任役員の資格、任免、職務権限等は、宗教法人「曹洞宗」規則、曹洞宗寺院規程に定められており、また、法定の機関ではないが、右規則、規程において、寺院の重要事項の協議に参与するものとして干与者の制度が定められ、これが責任役員に選定される資格ともされ、干与者の選定方法、資格、更に右資格の前提となる法系(法類)、寺族、法友等の定義、範囲についても右規則及び規程並びに曹洞宗寺族規程に具体的に定められていること、宗教法人「龍海院」規則は、代表役員は、曹洞宗の宗制により、この寺院の住職の職にある者をもって充てる旨、代表役員以外の責任役員七人は干与者の内から(ただし、檀徒又は信徒の総代たる干与者とその余の干与者とからそれぞれ)代表役員が選定し、曹洞宗の代表役員の委嘱を受けるものとする旨、また、干与者一〇人を置くものとし、本寺住職、末寺代表、法類代表、法友代表、寺族代表、檀徒又は信徒の総代の内から代表役員が選定する旨を定めており、これらの定めは、もとより宗教法人「曹洞宗」規則、曹洞宗寺院規程の定めに適合するものであること、そして、責任役員、干与者の資格、任免等については、法、曹洞宗の右規則、規程及び龍海院規則中には、住職が特定の関係者との間に右の定めと異なる取極めをすることを許容する趣旨の定めは存在しないこと、他方、曹洞宗所属寺院における住職、教師、僧侶等の任免、資格等については、曹洞宗宗憲、曹洞宗寺院住職任命規程、曹洞宗教師僧侶分限規程がこれを詳細に定めているが、右宗憲は、住職が寺院を代表し、その事務を総理し、檀徒、信徒の教化育成をし、徒弟を養成するものである旨を定め(二七条、二八条)、もって、寺院の宗教活動の中核となるものであることを示すとともに、住職の任免は同宗の管長が行うものと定め(二六条)、右任免規程は、住職は、辞任又は転任をするときには後任者を選定する権限と義務を有するものとし、住職が後任者を定めないで死亡したときは、教師たる責任役員又は干与者が後任者を選定すべきであり(五条、一三条)、また、一定の場合には兼務住職、代務者又は特定代務者の任命を申請し得る(一九条、二一条)ものとしているほか、右選定権限の例外として、その寺院に慣例があり、その慣例が寺院規則中に明示され又はその旨が宗務庁に届け出てある場合(六条)と、協約がなされ、宗務庁に受理、登録された場合(七条)とを定めていること、以上の事実が認められる。

ところで、憲法が信教の自由を保障していることに鑑み、宗教団体の組織、運営に関する事項は当該団体が規約をもって自主的に定めるべきものであるとともに、その規約の定めは、団体内部においては自治的な規範たる性質のものとして、各構成員を拘束し得るものというべきであり、一般に、寺院の住職は、寺院を運営し、寺院の本来の目的たる宗教活動を代表するものであって、その任免は、寺院の組織上最も重要な事項の一つに属し、これについての自治的規約たる寺院規則の定めは厳格に適用されることを要するものというべきであり、右にみた曹洞宗所属寺院の住職の地位、職責についても、右と異なる事情は認められない。また、法は、宗教団体に法人格を付与することを目的とし、法人としての健全な存立を図る見地から、その機関、規則、財産等について一定の規制を加えるとともに、その組織、運営等に関する具体的事項については法人自体の規則をもって決定することを予定しているものであり、責任役員については、法が宗教法人の意思決定機関と定め、その資格、任免、職務権限の具体的定めは当該宗教法人及びその包括宗教法人の規則、規程によってなされるものとし(法一二条一項五号、一八条四項、五項)、また、干与者は、曹洞宗の規則、規程によって、寺院の重要事項の協議に参与する機関として定められているのであり、これら責任役員、干与者に関する規則、規程は、法人の組織、運営の基本に関わるものであるから、個々の場合によって適用を異にすることを許さず、法人の構成員を一律に拘束すべきものであって、法人自身の内部における法規たる性質のものであり、かつ、強行規定であると解すべきである。すなわち、住職、責任役員、干与者の任免、人事権に関する事項は、任免規程七条のごとき協約を許す明文の定めがある場合を除いて、もっぱら宗制及び宗教法人の規則、規程によって律せられるべきものであって、関係者間の私的契約によって左右することを得ないものであり、住職と後任住職との間にこれに関する合意がなされても、契約上の義務としてその履行を強制し得る筋合のものではないと解される。

本件契約は、被控訴人の住職としての後任住職選定権限及び責任役員、干与者選定権限を制約する内容のものであることが明らかであるから、寺院の基本的規約の趣旨及び宗教法人の規則の定めに鑑み、本来私法上の契約をもって定め得ない事項を目的としたものであって、更に進んで個々の条項の当否を論ずるまでもなく、無効のものというべきである。

三  控訴人は、被控訴人が一代補住であることを承諾して後任住職に推薦されるよう申込んだものであるから、本件協約ないし本件契約の成立を否定することは、信義則、禁反言の原則に違反する旨主張するが、本件協約ないし本件契約は、以上に説示した理由により、被控訴人の個人的利害にかかわりなく無効とされるのであるから、被控訴人の主張について信義則又は禁反言の原則の適用を論ずる余地はなく、控訴人の右主張は理由がない。

四  以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却した原判決は結論において相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 髙野耕一 裁判官 野田宏 米里秀也)

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